いつもの見慣れた出社風景、しかし今日は少し違っていた
社長の訃報と共に現れた不気味な胸像
社長にまつわる不審な噂
4分で読めるショートショート
いつもの朝、いつもの通勤電車、いつものビル。自動ドアを入り、警備員の横を通り、受付の前を通る。おはようございますと律義に頭を下げる受付の女性の声。いつもと変わらぬ朝のはずだった。ひとつだけ違っていたのは、普段はほとんど目にすることのない重役たちが受付前をうろうろしていること。不審に思うも、平社員の俺には興味がない。すたすたと自分の部署の階に向かった。
始業前のミーティング、と言っても上司の小言タイムだが、今朝は上司不在。困惑気味の社員たちの前に上司が現れたのは、始業時間から10分がすぎた頃だった。
「えー皆さん、おはよう。えー今日はお知らせがある」
珍しく神妙な面持ちに社員たちの視線が集まる。
「わが社の社長が昨夜に亡くなったそうだ、今朝はその事で社内が慌ただしい」
なんだ、そんな事か。社長が亡くなろうが平社員の俺には関係がない。神妙な顔をするのは会社が倒産するときだけにしてくれ。先駆けて社員には発表することになったらしいが、詳細は重役たちもわかっていないらしい。そんなことを横耳にため息をつきながら昼飯のことを考え出した。
昼過ぎ、同僚に話しかけられた。
「おい、あれ見たか?」
「何のこと?」
「受付前のあれだよ」
「俺は食堂派だから、昼は下に降りないんだよ」
うちのビルの食堂は意外とうまいし安い。ただ、定食メニューしかないので、外に食べに出るやつも多い。
「そうだったな。いやな、俺も下に降りてびっくりしたんだけど……」
同僚の話によると、受付の前に社長の胸像が据えられていたとのこと。
「早すぎないか?」
苦笑いする俺に、同僚は耳打ちしてくる。
「ここだけの話、社長は死ぬ前に銅像を用意していたらしいんだよ。秘書が運んできたらしいぞ」
「用意がいいな。顔しか見たことはないけど、そんなひとだったのか」
「それもここだけの話なんだが、社長は死ぬ前にセミナーにずっと通ってたんだと。どうやらそこの教えらしい」
「誰に聞いたんだよ」
「それは秘密だ。おっと、上司がこっちを見てるぜ、じゃあな」
おおかた、受付の子だろう。同僚は社内で熱心に活動してるようだ。それにしてもセミナーね。社長になってからも学びに行くのか。その学びを生かして俺の給料を上げてくれれば良かったのに。
待ちに待った終業時刻、1階に降りるとうわさの胸像が見えた。なるほど、あれか。
「なんだか怖いな」
思わず漏らした声に反応するように、胸像の目がこちらを見た気がした。
いつもの朝、いつもの通勤電車、いつものビル。自動ドアを入り、警備員の横を通り、胸像と目が合う。そうだ昨日から胸像があるんだ、なんだか不気味だ。ずっとこちらを見ている気がする。不良社員の俺ですら、ちょっと緊張してしまう。
「おはよう」
声をかけてきた同僚の顔を見て、ちょっと安心した。
「おう。不気味だね、ありゃ」
「それについてまた面白い話を聞いたよ。実は社長が通っていたセミナーはな」
こいつはなんでも仕入れてくるな。俺の話もどこかでしているんだろうか。
「どうも普通のセミナーじゃないらしいんだ」
「と、言うと?」
「詳しいことはまだ分からんが、怪しい団体らしい」
らしい、らしい、で全然具体的じゃないな。
「オカルト絡みの団体ってとこまではわかっているらしい、黒魔術だかイケニエだか」
また、らしい、だ。社長ともなると何か違う刺激を求めるのかね。
「また詳しく分かったら教えてくれよ」
「おう、まかせろ」
同僚のひと仕事終えた顔が小憎らしい。まぁ、今の話は帰る頃には忘れているだろうけどな。
しかし帰る頃には会社中、社長の話で持ちきりになっていた。
「社長は死んでないらしいぞ」
「いや、遺体が見つかっていないだけらしい」
「警察の人たちがたくさんいたらしいよ」
「秘書や家族は死んだと言っているらしい」
死んでいるかどうか分からないなんて、そんなこと今時あるか?ミステリードラマじゃないんだから。後で同僚にでも詳しく聞いてみるか、またなにか仕入れているだろう。
1階に降りると嫌でも胸像が目に飛び込んでくる。なんとなく、よく見ていなかったが、出来の良い胸像だ。まるで本人がそのまま像になったような……
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