駅前で急に話しかけてきた男は、俺を誰かと間違えているようだ
しかし間違えられた名前はとても変な名前だった
俺はその名前に考えを巡らせ……
3分で読めるショートショート
駅前で人を待っていると急に声をかけられた。
「もしかしてアポジョガスさんですか?」
俺は声をかけられた方に視線を向ける。目の前には男が立っていて、こちらと目が合う。
どうやら俺に声をかけたのは間違いないらしい。俺は男をマジマジと見つめた。少し失礼だったかもしれないと思い直して、質問に簡潔に答えた。
「いえ、違います」
男は特に表情を変えずに続けた。
「アポジョガスさんではないですか?本当に?」
本当もなにもアポジョガスさんとはなんなんだ。人の名前か?名前にしてはカタカナの感が強い。俺は外国人みたいな顔はしていないし、昔の海外風刺画みたいな日本男子だぞ。
「アポジョガスではないです」
「そうですか、アポジョガスさんかと思ったのですが」
男はそれだけ言うと、満足そうに駅の中へと消えていった。
「なんなんだ」
俺はそう言わずにはいられなかった。結局アポジョガスとはなんだったのか。名前、もしくはニックネームか?ニックネームならありえそうだが、ニックネームで呼び合う仲なのに俺と間違えることがあるのか?そんなに俺と似ているのか。しかも最後の満足そうな顔、あれはなんだ。
待ち人はまだこない。俺はアポジョガスが頭から離れない。スマホを取り出して調べてみるもこれといった結果は出てこない。どうやらなにかの名称ではないらしい。
声をかけてきた男のことを思い返す。俺と大差なく普通の男と言った感じだった。シャツにパンツスタイルの可もなく不可もない休日のサラリーマンと言った風貌。俺も変わらず特に奇抜な格好ではない。顔も普通、と自分からは言っておこう。アポジョガスとはなんなのだ。
いや、普通の格好だからこそ声をかけてきたのかもしれない、例えば社会に紛れ込む何かの工作員組織。秘密のコードネームで呼び合う関係だがお互いの顔は知らない。今日は任務の日。上層部に言われた特徴をもとに仕事仲間を探すが、社会に紛れる相手の男も見た目は普通の男だ。なかなか見つからなくて声をかけた。
飛躍しすぎか。しかしアポジョガスとはなんなのだ。
ポケットの中のスマホが震えて妄想から帰還する。見ると待ち合わせ相手は遅れるとのこと。先に目的地に向かうか。
相手が遅れることに多少のイラつきがあったのだろう、なんだかイライラしてきた。急に話しかけてきた男、アポジョガスという名前、見当もつかないアポジョガスという名前、なにも分からないアポジョガスという名前。
俺はハッと思いつき、キョロキョロと周りを見渡す。駅前のこの時間、お目当ての人物はすぐに見つかった。俺は見るからに普通そうな男に近寄って声を掛けた。
「もしかしてアポジョガスさんですか?」
急に声を掛けられた男は驚いた顔でこちらを見ている。
「えっ、違います」
俺は特に表情を変えずに続けた。
「アポジョガスさんではないですか?本当に?」
相手が戸惑っているのが分かる。きっと最初に声を掛けてきた男も、今の俺のような気持ちだったんだろう。
「人違いではないでしょうか?」
「そうですか、アポジョガスさんかと思ったのですが」
俺はそれだけ言うと、満足してその場を離れた。
コメント