ショートショート ゾンビは生きている

ショートショート ゾンビは生きている
この記事は約6分で読めます。

意識がなく長年入院していた僕は、退院して外に出たら驚いた
街中をゾンビが歩いていたからだ
だけど僕以外は誰も気にしていない
もしかしてこれは幻覚なのか……
6分で読めるショートショート

ショートショート ゾンビは生きている

ゾンビを初めて見たときには、びっくりして大声を出してしまった。退院して帰宅する途中だった。一見、調子が悪い人かと思ったが、フラフラと肩を揺らしながら歩いている。気になって見てみると生気のない顔で白目を剥いていて驚いたのなんのって。慌てて両親にそちらを向くように促すが、あぁあれかと言って、特になにか反応するでもなく歩き出した。あまりにも興味なさげなので、最初は自分の幻覚かと思ったくらいだ。

そうだ、もしかしたら幻覚かもしれない。

実は僕は今日退院したばかりなのだが、退院の一カ月前まで眠り続けていた、らしい。なんでも事故にあって5年ほど意識がなかったのこと。目覚めたばかりの頃は記憶もあやふやで、泣いている両親の顔を見ても誰だか分からなかった。良かった良かったと喜んでくれる両親を不思議そうに見ていた、とのこと。徐々に自分が誰だったか、毎日お見舞いに来てくれる二人が両親だったこと、いろいろ思い出してきた。まぁ入院する羽目になった事故のことは思い出せなかったけど、きっと思い出さないほうがいいのだろう。

肉体的には異常はないので、脳の検査だけですぐに退院となった。しかし本当に僕は正常になったのだろうか。ゾンビを見ているのは幻覚ではないのだろうか。

「あそこにもゾンビがいるよ!」

「ゾンビなんていないよ、久しぶりに外に出たから興奮しちゃったかな?」

「あそこにフラフラと歩いているじゃないか!」

「あの人はゾンビじゃないですよ、そもそもゾンビなんてマンガじゃないんですから」

「じゃあ僕は幻覚を見ているのかもしれない、病院に戻ってよ、もう一度検査してもらう」

「大丈夫だよ、なにも心配はいらない、さぁ早く家に帰ろう」

両親はまともに取り合ってくれない。そのことが余計に僕の心を不安にさせた。フラフラと歩くゾンビは視界から消えていた。

久しぶりのわが家だったがまるで他人の家に来たようだった。いや、記憶が正しければここはわが家ではない。父親に聞くと僕が寝ている間に新築に引っ越したとのこと。良かった、やっぱり僕は間違っていない。ゾンビを見て以来なんだか疑心暗鬼だ。しかし入院費もバカにはならなかっただろうに、家も新しくするなんて金回りが良いようだ。その夜は退院パーティーを開いてくれた。と、言っても両親と僕だけのパーティーだ。病院食以外のものを食べた時に、あぁ生きていると実感した。そして僕が入院している間の両親の話を聞いていたら夜が更けていった。


次の日は朝から近所を散歩してみる。自分で自由に歩ける、とても素晴らしい。朝が早いせいか登校中の小学生たちが多い。どうやら自宅は住宅街の中心にあるようだ。

「ゾンビだ!」

見つけてしまった。小学生たちのすぐ後ろをフラフラと肩を揺らしながら歩く男。顔は生気がなく真っ白。白目と境がわからないくらいだ。

「逃げろ!ゾンビだ!」

小学生たちに向かって大声で叫ぶ。振り返った小学生たちは不審そうに僕の顔を見ている。

「後ろだ!逃げろ!」

小学生たちはバカにしたようにクスクスと僕の方を見て笑っている。なんなんだ、どうなってるんだ。その間にゾンビは小学生に追いついて……通り過ぎていった。

「なんで、なんなんだ」

ゾンビは人を襲うものじゃないのか。幻覚なのか、本当に幻覚なのか?小学生たちはゾンビを気にもせず、また歩き出した。

確かめるしかない。怖いけども、触って、触れて、ゾンビが実在することを確認しなくては。

僕は恐る恐るゾンビとの距離を縮める。怖い、これが幻覚だったら。せっかく退院したのに。ゾンビはフラフラと歩いている。生きている人間だとは思えない。まるで操り人形のようだ。

「うーうー」

ゾンビはなにやらうめいているようだ。近づくにつれてうめき声が聞こえてくる。怖い。だけど距離を詰める。確かめなくては。

あと数歩で追いつく。ゾンビはのろい。あと少し。

「お兄さん」

急に後ろから肩をつかまれた僕は叫び声をあげる。もう少しでゾンビに触れたのに。

「小学生に大声を出したお兄さんってのは君だね」

振り返ると警官が怖い顔で僕をにらんでいた。

「ゾ、ゾンビが!」

「ゾンビ?」

警官はゾンビをいちべつするとため息をついた。

「お兄さん、困るよ。お兄さんもいい大人なんだからさ」

「ゾンビがいるんですよ、早くどうにかしてください!」

「お兄さんあのねぇ」

警官は僕の肩を離してくれない。なんなんだ、目の前にゾンビがいるんだぞ。僕のことよりゾンビだろ。大きく体をひねると、警官は力強く肩をつかみなおした。

「お兄さんちょっと交番まで行こうか」

抵抗しようとする僕と押さえつけてくる警官。応援の警官が来るまで数分とかからなかった。


両親は必死に頭を下げていた。僕がずっと入院してたこと、退院して間もないこと、自分たちでしっかり監視すること、早口で警官に謝罪していた。

「今回は親御さんに任すけど、今後は気をつけてくださいよ」

やっと解放された僕は両親に詰め寄った。

「ゾンビがいたんだ!うそじゃない!」

「おまえには昨日のうちに話すべきだった」

「なにを?なんの話だよ」

「おまえが眠っている間の話だ……」

僕はその先の両親の話がにわかに信じられなかった。

「おまえが事故に会う前の事だ、ある薬が出回ったんだ。もうその薬がない世界は考えられないんだよ」

最初はある大会社で使われたらしい。社員を酷使することで有名な会社だったそうだ。生産性を上げるために使われたその薬は、疲れを感じなくする薬として、多数の社員が知らず知らずのうちに使われた。効果はバッチリ。みるみる成績が上がって業界のトップにおどりでた。その薬を知ったライバル会社もまた社員に内緒で薬を使い、あっという間に日本中で使われたそうだ。

「そんなことが許されるはずがない」

「それが……反対するものはいなかったんだ」

正確には人権侵害だと全国で騒がれたらしい。だがその団体も薬を使われて、声を上げられなくなった。そうやって全国に広まった頃、薬の副作用が出始めた。

「どうなったの?」

「おまえが見た通りだよ」

「まさかゾンビ……」

薬が使われたもの達は、自分の考えがなくなり、命令されるがまま動いた。疲れも感じないし、文句も言わない。延々働き続けるのだ。

「そんなのおかしい」

「しかし私たちは平和に暮らせるようになった」

働きものの奴隷が量産されたのだ。自分たちが働かなくていいと分かると、反対するものはいなかった。ゾンビと上流階級の二極化が加速したそうだ。

「そんなの、おかしいよ」

「おかしいと声をあげれば、薬を使われてしまう。私たちは奴隷を使わなければならない」

「そんな……」

薬を使われたものはどんどんゾンビのようになっていったらしい。目は白く濁り、どこを見ているかすら分からない。働き、働き、ただ動き続けるだけ。

「そんなの、おかしいよ……」

「おまえもこれが正しいとすぐに分かる。だが外では騒ぐなよ、家族が分からなくなるのは嫌だろう?」

僕は部屋にこもった。こんなことが許されていいはずがない。間違っている、こんなの間違っている。

だけど僕は声を上げない。もう5年も意識がなかったんだ。また意識がなくなるのは誰だって嫌だろう?

コメント

タイトルとURLをコピーしました