ショートショート 放課後、体育館裏で

ショートショート 放課後、体育館裏で
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登校時、靴箱に入っていた僕宛ての手紙
きっとこれはラブレターに違いない
僕の心臓は早鐘のようになっていた
体育館裏から始まるストーリー
6分で読めるショートショート

ショートショート 放課後、体育館裏で

放課後の学校の体育館裏、僕の心臓は早鐘のように鳴っている。早鐘なんて聞いたことないけど、きっと僕の心臓と同じ音だろう。ポケットからスマホを出して、ここに来てから何十回目かの時刻確認。デジタルの表示はちっとも変わっていない。落ち着け、落ち着け、落ち着け。何度も呟いては、喉の渇きを感じてしまう。あぁもう帰ってしまおうか、いやそんな訳にはいかない。夢にまで見たシチュエーションだ。 放課後の体育館裏、女の子に呼び出されるなんて。

今日は朝からなんだか調子が良かったんだ。登校時に通る桜並木道も、天使の祝福のように花びらが舞い散っていた。まるで映画の、いや、アニメのワンシーンのよう。主人公が幼なじみと歩く道のよう。妄想が捗る。僕には幼なじみも居なければ、アニメのようにモテモテになる主人公でもない。どこにでもいるような、いや、教室の隅で本を読んで退屈な毎日を過ごすただの学生だ。だけど妄想くらいいいじゃないか、妄想でくらい女の子と歩きたい。天使に祝福されたい、天使はきっとアニメのヒロインのような可愛い子だけど。春の陽気と桜並木と妄想の天使に心躍りながら、学校の門を抜けた。

靴箱の周りには人が多い、みんな友達と挨拶をしながら上履きに履き替えている。いつもの朝の光景だ。挨拶をするような友達がいない僕には少し煩わしい。人の間をすり抜け自分の靴箱にたどり着く。蓋を開けると上履きの上に白い紙が置かれている。何気なく手にとって、驚く。金色の装飾が施された白い高級そうな封筒に、細いけど綺麗な文字で僕の名前宛。これはもしやラブレター?いやまさか自分にラブレターなんて。照れを伴う混乱で、慌ててカバンに封筒を突っ込む。とりあえず人のいないとこで中を見なければ。もしかして誰かの靴箱と間違えた?だけど僕の名前が宛名になっている。となると誰かのイタズラか?でもクラスも変わったばかりだし、目立っていないし。とにかく早く中を読まねば。はやる気持ちで、脱いだ靴を靴箱にねじ込んだ。

もう百回は時間を見ているのではないか。スマホをポケットに戻しながら軽くため息をついた。封筒の中身を思い出す。今日話したいことがあること、放課後体育館裏で待っていてほしいこと、そして差出人と思われる女の子の名前があった。暗記できるほど読み込んだ。だけど何回読んでも差出人の女の子の名前に覚えはなかった。少なくともクラスメイトではない。だけど少し古風な封筒に、綺麗な文字、きっと可愛い子に違いない。授業が終わってからそろそろ30分ほど経つ。そもそも放課後とは何時だろうか。もしかして部活とかしてたりして、閉門の時間のことかな?緊張しているわりに頭はぐるぐる回ってしまう。同じことをずっと考えているだけだけど。

やはりイタズラなんじゃないか。ドキドキしながら待っている僕を、物陰から見て笑っているんじゃないか。そうだ、僕にラブレターなんてこない、ドキドキしてバカみたいだ。周りを見回してみる。物陰に隠れているような人は見当たらない。違った、良かった。きっとラブレターだ。時計はそろそろ1時間ほど経ったことを示していた。

その女の子は突然現れた。ずっとずっと待っていたはずなのに慌ててしまう。手に持っていたスマホを落としてしまい、拾い上げた時にはもう目の前に立っていた。

「ごめんなさい、お待たせしてしまいましたか?」

肩まである墨汁のように黒く輝く髪、賢そうな額、目は大きく優しげだが意志の強そうな瞳。鼻筋は通り、唇は綺麗なラインを描いている。制服を着てなかったら、とても同じ年頃とは思えないほど綺麗だ。

「えっあーいやー」

恥ずかしい、見惚れてしまった、言葉なんか出ない。こんなに綺麗な子見たことがない。一応学校の女の子は気にして見ていたつもりだ。こんな子がいたなんて。

「お待たせしたみたいですね、ごめんなさい。でも来てくれてありがとうございます」

「えっと、手紙読んで、来ました、はい」

こんなことならシミュレーションでもしておけば良かった。妄想では可愛い子が来ると思っていたのに、実際に来たらこんなに無様だなんて。なんだか脚も震えている。

「お呼びしてごめんなさい、だけど誰もいないところでお話ししたかったので」

「大丈夫です!」

素っ頓狂な声をあげてしまい、思わず顔を伏せてしまう。彼女は笑う様子もなく、続けてくれる。

「実はお話ししたいことというのは」

くる、きっと愛の告白だ。夢にまで見たシチュエーションにこんなに綺麗な女の子。伏せた顔が思わずニヤけてしまう。心臓はもう16連射だ、飛び出してしまいそう。

「あなたは神様を信じますか?」

「えっ、か、み?」

思わず顔をあげてしまう。女の子はまっすぐに僕の方を見ていた。

「えぇ神様です。私は神様の使徒なのです。あなたに救いを伝えるために今日は来ました」

「えっ、告白じゃないの?」

妄想とは違う展開に、口から言葉が漏れてしまう。

「告白ですか?私は使徒なので懺悔を聞くよりも救いを伝えるのが仕事なのですが。大丈夫です、我がサンサンサンシャイン神はだれの罪でも浄化しますよ」

女の子が何を言っているのか分からない。こんなに近くにいるのに、遠くから話されているようだ。脚の震えが強くなる。怖い、無性に怖くなってきた。

「その神様っていうのは」

「サンサンサンシャイン神ですね」

「そうそのサンサンサンシャイン神の使徒という事は君は天使なの?」

「私は使徒です、この不浄の世界から救済すべき魂を探しています、あなたは選ばれたのです」

「羽根が生えてたり、空を飛べたりは?」

「サンサンサンシャイン様が降臨なされた時、救済された魂には加護があります」

話が噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない。ただ、僕が想像していた天使とは違うようだ。あまりの綺麗さに、ちょっとだけ本物の天使かと思ったけど、きっとこれは宗教の勧誘なんだ。それにしてもサンサンサンシャイン神って。その前に告白でもなかったのか。僕は糸が切れた操り人形のように、その場にしゃがみ込んだ。

「どうかされましたか?」

「えっと思ったより話が難しかったので」

「大丈夫ですよ、これからはあなたも使徒としてサンサンサンシャイン神の教えを授かるのですから」

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、目の前の子と一緒にいられるなら、そのサンサンサンシャイン様の使徒になるのも悪くないかと思った。だけどそれよりも告白じゃなかったことの落胆と、サンサンサンシャイン神なる得体の知れないものへの恐怖で、まともな判断なんて出来やしなかったんだ。

「サンサンサンシャイン様は崇高なるお方です」

どうやら演説が始まったようだ。悲しい。告白だと浮かれた自分も悲しい。とても悲しくなってくる。もう泣きたくなってくる。

僕は無言で駆け出した。この場にいたくなくて、女の子を見られなくて、恥ずかしい自分を置き去りにしたくて。後ろで女の子が何かを叫んでいる。サンサンサンシャイン神が本物なら、きっと怒りをかってしまうな。真っ白になりそうな頭でボンヤリと考えていた。

次の日は学校に行くのが億劫だった。あの女の子が居るかもしれないし、サンサンサンシャイン様の天罰がくだるかもしれない。風邪ということで休むことにした。さようなら皆勤賞。これがサンサンサンシャイン様の天罰か。

あとから調べて見たけど、あの日あった女の子は学校にいなかった。全校集会の時にキョロキョロ見回してみたけども、結局担任から落ち着きがないと怒られただけだった。もしかしたら本当にサンサンサンシャイン神はいるのかもな。あんなに可愛いかったら本物の天使だったかも。妄想は止まらない。本当にいるなら、とんでもないミスをしてしまったのではないだろうか。憧れ続けた非日常だ。僕は弱い人間だった。

帰り道の桜並木は青く繁っていた。春は終わりだ。明日もきっと今日と変わらない。僕はこの日常を選んでしまったんだ。家に帰り着いた時、ポストに何か入っているのを見付けた。何気なく開いてみると、そこには金色の装飾が施された白い高級そうな封筒が入っていた。

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