聖なる山に暮らし、密かに伝説の剣を守っている男の元へ若者がやってきた
伝説の剣は勇者しか抜けない
勇者誕生のストーリー
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先代の国王から秘密裏に任を与えられて、もう半世紀。わしはこの聖なる山にて、ずっと一人で任を担いながら暮らしている。主な日課は薬草の採取だ。時折り食料を届けにきてくれるふもとの村人達に、お代がわりに薬草を渡している。神の御加護があるこの聖なる山では、魔物もいないし、山賊達も近寄らない。心穏やかにその日その日を暮らしている。もちろん有事の際は、ぬかりなく任に努めるのだ。この前聞いた村人の話では、隣国に魔王軍の襲撃があったそうだ。この国もいつ襲撃されるかわからない。そろそろわしの出番かもしれない。いつでも準備はできている。
「こんにちは」
心穏やかな日に唐突の終わりを告げる声が外から聞こえてきた。わしの小屋を訪ねてきたのは、幼さが顔に残るがたくましく顔立ちの良い青年だった。飾り気はないが質の良い胸当てと、腰に刺した長剣。自信に満ちあふれた姿勢によって隠せない育ちの良さ、まさに貴族のたたずまいをしていた。
「なにか御用ですかな、青年」
わしのとこに訪ねてくる青年の用など一つしかないのは、もちろんお見通しだ。だが、わしはゆっくりと構えて青年の言葉を待った。
「私はミースリー家のドーデスです。この聖なる山に詳しいというのはあなたですか?実はこの山にあるという伝説の剣を求めてきたのです」
「ほぅ、なんのことか存じませんな、お帰り願いたい」
もちろんわしは伝説の剣について知っている。先代の国王から与えられた任とは伝説の剣についての事だ。しかし、おいそれと伝説の剣について語る事はしない。まずはこの青年が伝説の剣にふさわしいのかを確かめなくては。
「お待ちくださいご老人。最近魔王軍の動きが活発になっております。隣国も被害にあったと聞いております。このままではわが国も、やがて脅威にさらされるでしょう。私は魔王軍に立ち向かうため、伝説の剣を求めているのです」
わしは練習通りに深刻な顔をする。
「青年よ、ドーデス殿じゃったかな。今まで何人もそなたのような者が訪ねて参りました。しかしある者は欲に溺れて権力をほっし、またある者は力は求めて道を誤りました。そなたはどうですかな?」
「私には愛する者がいるのです。愛する者のためにこの国を守り、魔王軍を倒さねばならない。私は本気です。伝説の剣をもって、世界の平和に尽くすのです」
青年はたたずまい通りの高潔な思いを述べた。まさに勇者と呼ぶべき者だろう。わしは笑顔でこの思いに応えるとしよう。
「なるほど、わしの目は節穴だったようじゃ。ドーデス殿こそ、この世界を守るべきもの。だがわしに出来るのは伝説の剣が封印されている場所への案内のみじゃ。伝説の剣自身が己の使い手を選ぶのじゃ」
わしの任は案内までだ。そこから先は案内した者次第。
「今からでは日が暮れてしまう、今夜はわしの小屋に泊まって明日出発するとしよう」
その夜は遅くまで、青年の熱い思いに耳を傾けていた。
次の日は朝早くから、青年と一緒に伝説の剣の封印場所へ向かった。魔物もいないし勝手知ったるわが庭だ。難なく目的地に着いた。
「この洞窟の奥に伝説の剣があるのですか?」
青年は興奮を隠せなくなってきたようだ。
「その通り、わしはドーデス殿が伝説の剣に選ばれる事を祈っておる」
洞窟の奥深く、伝説の剣は静かに、だが厳かに岩に刺さっている。まるで誰かに引き抜かれるのを待ち続けているかのようだ。わしは仰々しく青年に語りかけた。
「さぁ選ばれしものだけがこの剣を引き抜けるのじゃ、ドーデス殿よ、いざ」
青年は老人の言葉にしっかりとうなずくと、伝説の剣へ歩み寄った。伝説の剣は剣身が半身ほど岩に刺さっている。青年は握りを両手でつかむとグッと力を入れて剣を引き抜いた。
「おぉ新たな勇者の誕生じゃ」
わしは任がひと段落したことに喜びを覚えていた。それ以上に青年は喜んでいたが。
「これが伝説の剣、私は伝説の剣に認められたのだ」
青年の興奮が収まったところを見計らい、わしは声を掛けた。
「ドーデス殿こそが勇者だったのじゃ、誠に喜ばしいこと、この上ない。だがドーデス殿よ、忘れてはならぬぞ。伝説の剣を引き抜いたと他の者に知られれば要らぬ争いに巻き込まれるじゃろう。心正しくあるため、愛する者を守るためには、顕示欲があってはならん。伝説の剣を持っている事は、ドーデス殿の胸の内だけに秘めておくのじゃ。この世界が平和になった時こそ、お主が褒め称えられる時なのじゃ」
われながら良い事を言うもんじゃ。長く生きているだけある。
「ご老人よ、ありがとうございます。その言葉、心深くに刻みます。それでは魔王軍討伐に旅立ちます。ご老人よお元気で」
使命のある若者はいつも先を急ぐ。わしは青年が見えなくなるまで手を振っていた。青年の旅路に幸あれ、と。
青年が旅立ってしばらくしたら、わしは任に取り掛かる。洞窟の奥に隠してある剣を取ってきて、先程伝説の剣が引き抜かれた岩に新しい剣を刺し直す。次の勇者のための準備だ。このご時世、自分を勇者と信じて戦う者はなん人いても良い。
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