ショートショート 猫になりたいサラリーマン、猫になる

ショートショート 猫になりたいサラリーマン、猫になる
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猫は自由そうで良い
サラリーマンの俺は猫になりたかった
ある朝、目覚めると猫になっていた俺の自由な生活
4分で読めるショートショート

ショートショート 猫になりたいサラリーマン、猫になる

会社の帰り道によく見るのら猫はとても自由そうだ。人々の間を気ままにすり抜け、路地裏から路地裏へ移動している。エサをあげている人も見た。のら猫はやっかまれる事もなく、むしろ人々にかわいがられているようだ。俺とはえらい違い。

「猫になりたいな……」

会社からの帰り道、いつもと変わらぬのら猫のひょうひょうとした姿。それを見て思わず声が出る。今日も書類上のミスで上司に怒られた。ミスと言っても、上司に指示された通りに作成したのだ。どうやら指示が間違っていたようだが、そこはうちの上司。すっかり忘れて俺を怒鳴りつけてくる。そして何も言えずひたすら頭を下げる俺。つくづく自分が嫌になる。

「おまえはいいなぁ……俺も猫になりたいよ……」

猫には上司なんていないだろう。気ままに暮らしているだけだ。一方俺は、嫌な上司とずっと離れられない。職場を変える気力も、歯向かう勇気もありゃしない。ただただ頭を下げてこびへつらうだけだ。俺は縦社会の中で生きている。そして俺は一番下なのだ。

「猫になりたい……」

何度目かにつぶやいた時、のら猫と目があった。こっちを見ている二つの目が、怪しく光った気がした。

その夜、夢を見た。街中を自由に駆け回る夢だ。猫になったように路地を駆け抜け、塀を駆け上がり、街中を駆け回った。行きたいと思って、行けないところはなかった。心が軽やかだった。ここには嫌な上司もいない、好きなところに行けるのだ、もう会社など行きたくない。自由に街中を駆け回ろう。久しぶりにゆっくりと眠れたようだった。

目が覚めると草むらの上だった。夢の続きかと思ったがどうやらそうではないようだ。猫になっていた、自分が猫になっていた、信じられないことに姿形が猫になっていたのだ。体を動かしてみる。全身にみなぎる力を感じ、次の瞬間には駆け出していた。夢で見た通りに動ける。路地を駆け抜け、塀を駆け上がり、街中を駆け回った。行きたいと思って、行けないところはなかった。心が軽やかだった。ここには嫌な上司もいない、好きなところに行けるのだ、もう会社など行きたくない。自由に街中を駆け回った。俺は猫になったのだ。

街中を駆け回ったら、おなかが空いてきた。そういえば朝ごはんも食べていない。どこか定食屋でも入ろうか。

定食屋を探しながらふと気づく。今は猫だ。どうやって定食屋に入り、注文して、お金を払うのだ。財布も持っていない、その前に服すら着ていないのだ。猫は普段なにを食べているのだ?そうだ、気の良い人にエサをねだろう。のら猫が出来るのだ、俺が出来ないわけがない。

普段は薄暗くなってからしか通らない会社からの帰り道、今はまだ日が高い。それだけで新鮮な気分になる。見慣れた景色なのに、目線が違うとこうも世界は違うのか。キョロキョロしながら歩いていると、いつもエサをあげている人はすぐに見つかった。

「あらー初めて見る子ね、ご飯あげるからちょっと待っててね」

助かった、なんとかご飯にはありつけそうだ。

「おいおまえ、俺の縄張りでなにをやってる」

一安心したところへ怒声が飛んでくる。びっくりして振り返ると、路地の方から猫がこちらをにらんでいる。いつも見るのら猫だ。

「なんだ、猫か」

「おいおまえ、俺の縄張りでなにをやっていると聞いているんだ」

「なにって……えっ縄張り?」

「ちょっとこっちこい」

のら猫に尻尾をかみつかれて路地裏に引っ張り込まれる。痛くはないが、無理に引っ張られると腹が立つ。

「なんなんだ猫のくせに」

「おまえも猫だろが。ここの人は俺が毎日エサをもらっているんだ。よそ者は出て行け」

「そうだ俺も猫だった。良いじゃないかエサくらい、こっちもおなかが空いているんだ」

「良いわけないだろう。出て行かないと言うなら」

のら猫はヌッと前脚の爪を伸ばしてきた。

「ひっ、危ないじゃないか」

「痛い思いをしたくないなら、分かっているな」

「すみませんすみません」

威嚇だと言わんばかりにジリジリと距離を詰めてくるのら猫に対して、逃げるしかなかった。あんな爪でひっかかれたらたまったもんじゃない。後ろの方でニャーと勝どきが聞こえた。

しばらく走って追ってこないのを確認したら、おなかが空いているのを思い出した。走った分、さっきよりもおなかが減った。フラフラと道にへたり込む。目の前にはゴミ箱がある。

「そうだ、のら猫は残飯を漁っている」

残飯を漁るは嫌だ。でも他にご飯を見つける方法があるだろうか。

「俺たちの縄張りでなにしてるんだおまえ」

悩んでる間に取り囲まれていた。取り囲んでいるのは、俺と同じ、そう猫達だ。

「ははははは」

「なんだこいつ、笑ってやがる」

なぜ俺は今まで気づかなかったのだろう。自分の愚かさに自然と笑いがこみ上げてくる。投げやりな気分は笑い声を大きくさせた。

「野郎ども、やっちまえ」

らんらんと光る目と、鋭利な爪、ヌラヌラとした牙が迫ってくる。もう逃げる気力もない。猫は共食いをしないだろうけど、痛い目にあわすくらいはしてくるだろう。笑いが止まらない。そうだこれが弱肉強食の縦社会。

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