毎朝散歩をねだってくる「やつ」との生活
飼い主とペットの幸せな毎日
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午前8時過ぎ、そいつはいつも朝の散歩をねだってくる。俺は眠い目を無理に開けて、そいつのおねだりに応えてやる。今日はどこに行こうかとでも言うように、そいつははしゃいでやがる。首にリードをつけ、玄関を出る。春がもう近いとはいえ、朝はまだ肌寒い。道行くやつらも少しばかり早足だ。元気な小学生が後ろから走り抜けていく。俺も若い頃は走り回っていた。今はこうして朝の散歩をするのも億劫だ。俺を散歩に連れ出したそいつは軽快なステップでリードを引いてやがる。おおかた、キョロキョロとメスでも探しているのだろう。長年連れ添ったやつではあるが、メス相手にキョロキョロするのは恥ずかしい。たまには俺の目線で世界を見せてやりたいもんだ。まぁ俺はキョロキョロせずにメスを見てるがな。
いつもの散歩コースをいつものように歩く。学生や会社員が各々の目的地に向かう中、リードの先のやつは悠々と歩いている。一日家の中に居るやつは時間があって良い。おかげでこちらも毎日の散歩が習慣付いて健康に過ごせている。たまに会う友の話じゃ、仕事が忙しくてなかなか散歩に出られないらしい。俺は恵まれているのだろう。
肌寒いと小便も近くなる。いつも利用してるトイレが近いので用を足すことにした。リードは離さない。そいつは少しばかり恥ずかしそうにそばで待っていた。お利口なやつだ、これが主従関係ってやつか。用を足し終わった後、やつにも小便を促すがその気はないようだ。定期的にしてくれたほうがどれほど楽か。まぁいい。やつにもやつのタイミングがあるだろう。俺は理解力がある。それにやつを嫌いじゃないんだろう。恥ずかしながらやつを家族だと思っている。散歩に連れ出してくれるとこも正直、悪くはない。俺は好意や恩義は忘れないのだ。最近じゃやつとの散歩の時間も悪くないとさえ思っている。俺も老いたもんだ。だけど今が幸せってやつかもしれないな。
感傷に浸っているうちに、いつものコースを一巡し家の前に戻ってきた。さぁ朝食の時間だ。今朝は何を食べようか。
やつは皿を持ってきて、俺の目の前に置いた。俺は「ワン」と吠えた。
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